POOR LOVE

静かな断末魔

自我を統合する場所

私は基本的に早風呂だ。一人暮らしだとシャワーしか浴びないし、実家でも15分くらいで上がってくる。だから、具体的な商品のおすすめとか、半身浴のやり方とか、そういうのは何も言えない。

私にとって風呂は、自我が交錯する場所だ。

酒を飲みすぎて酩酊している自分と醒めていく自分/ヒスって号泣している自分と醒めていく自分/高揚して浮き足立ってる自分と現実に順応しようとする自分、また、ぜんぶ嫌になっている自分と"大人"であろうとする自分…

例示列挙するにしてはかさが高すぎだ ですよね?

風呂に入るまで数時間かかり、やっとのことで風呂に入るタイプの人間である私にとって風呂は慣習ではなく、異質な、意味を持つ時間となる。

常に脳内言語が最盛期のニコ動のコメントの如く流れ続けている私の頭はとてもうるさく、風呂に入っているときは特にボリュームが上がる。そこで拮抗するのだ。そして相殺されず、統合される。風呂から出た私は、まるで虫食い算の×(かける)の入った箱を通過したように、質量が保存されたまま再登場する。

ブチ切れてる私も、断末魔のごとく泣きじゃくる私も、疑念を抱いている私も信じている私も、それぞれが「ヒスを起こしてる」みたいな切り離された、"状態異常的なわたし"なのではなく、全てがわたしの側面であり、全部まとめてわたしなのである。不器用なぶん激しさは人一倍だけど、それをメンヘラとか簡単に一言で言い切らないでほしい

このような一見分裂した私たちを、脳内招集をかけて貴族的立場の一番偉いわたしが丸ごと認めて落ち着かせ統合する 状態を飲み込む 複合的に考える 決断に待ったをかける そんな風にして、私は風呂の時間を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

#今週のお題    「お風呂での過ごし方」